はじめに
脳振盪は大雑把に言えば脳の怪我です
ですので、脳振盪を受傷すると色々な脳の機能が低下する場合があります
その低下する機能の1つに目の機能があります(脳振盪を受傷すると必ず目の機能が落ちるわけではなく、目の機能が落ちる方もいれば、そうでない方もいます)
目の機能と言っても学校や眼科医院でチェックする様な視力以外にも、目には様々な機能があります
例えば、サッケード(Saccade)と呼ばれる目を高速で動かす機能や、パスート(Pursuit)と呼ばれる目標物をずっと目で追いかける機能があります
サッケードの例↓
パスートの例↓
これらは目の機能のほんの一部ですが、これらの機能が脳振盪によって影響を受ける場合があります
例えば、サッケードで目を高速に動かす時に片目だけ僅かにブルブル震えたり、パスートで目標物を目で追う時に直線的に動くはずの目がうまく動かない場合があります
これらの様な目の機能は全て脳で制御されています
「脳振盪は大雑把に言えば脳の怪我」と一番最初に書きましたが、現状ではCTやMRIを撮影しても脳のどの部分が怪我をしている(損傷している)かというのはわかっていませんでした
これが他の怪我との違いで、例えば骨折であればレントゲンを撮影して「ここの骨のこの部分がこれぐらいの大きさで折れている」という様にわかります
ですが脳振盪ではそのような画像検査をしても脳のどの部分が損傷したり影響を受けているかわからないので、「脳のこの部分が影響を受けていれば、目の機能低下が起こりやすい」といったことが言えない状態でした
ただ、最近ではMRIの撮影方法の1つのDiffusion Tensor Imaging (DTI)という方法で、脳の白質という部分が脳振盪では損傷しているのではないかと言われています
脳の白質とは脳の中にある神経の細胞がお互いに向けて電気信号を送り合う際に使用する電線のような部分です
ですので、脳の白質の部分の損傷と目の機能低下の関係性を科学的研究で明らかにする試みが行われています
今回ご紹介する文献もその様な研究の1つです
ここではオーストラリア人の脳振盪を受傷したことがある現役のアマチュアラグビー選手を対象として、この選手たちの脳の白質の状態と目の機能をチェックし、その関係性を調べています
脳の白質のダメージと目の機能低下:ラグビー選手を対象とした研究から
研究の概要
この研究では脳振盪を受傷したことがある方の脳の白質と目の機能をチェックし、それらに関係性があるかを調べています
被験者は全てオーストラリア人で、26名の脳振盪を受傷したことがあるアマチュアラグビー選手(今は無症状、平均年齢24歳)と、23名の脳振盪を受傷したことがないコンタクトスポーツではないアマチュアスポーツ選手です(平均年齢22歳)
この方々の脳をMRI撮影(DTI)します
さらに目の機能のチェックには3つのテストを行います
この3つのテストを行なっている最中の目の動きや反応、間違いの数などを解析します
3つのテストは、プロサッケード、アンチサッケード、スイッチタスクです
1つ目はプロサッケード(Prosaccade)という目の動きをチェックします
プロサッケードでは目標物が目の前にある状態から急に消え、そのあと直ぐに左右どちらかに新しい目標物が急に現れます
被験者は最初の目標物を見つつ、それが消えて新しい目標が現れたらすぐにそれを見る様に指示されます
2つ目はアンチサッケード(Antisaccade)です
ここではプロサッケードと同じ様にまずは目標物を注視し、それが消えて左右どちらかに新しい目標物が現れます
ただ、ここではその新しい目標物に目を合わせずに、それとは反対方向に目を動かします
3つ目はスイッチタスクです
ここではプロサッケードとアンチサッケードをランダムに行います
最初に注視する目標物の色が緑であれば、プロサッケードを行い、目標物の色が赤であればアンチサッケードを行います
目で目標物を追うだけでなく、色を識別して判断する必要があるので、脳の認知機能などもチェック出来ると考えられています
結果
まずDTIで撮影したラグビー選手とそうでない選手の脳を比較した場合、脳の白質に違いが見られました
その部分は脳梁(のうりょう:Corpus Collosum)と皮質脊髄路(ひしつせきずいろ:Corticospinal Tract)と言われる部分です
脳梁(のうりょう)は左右の脳を繋ぐ橋の様な部分
皮質脊髄路(ひしつせきずいろ)は脳から脊髄や筋肉に対して「動け」というような命令信号を送る部分です
目の機能では2つの違いが見られました
1つ目はアンチサッケードでは、ラグビー選手の方が新しく出現した目標物とは反対の方を向くまで時間がかかっていたこと
2つ目はスイッチタスクで、アンチサッケードからプロサッケードへ切り替えるのがラグビー選手ではより難しいとの数値が出ました
そして脳の白質と目の機能の関係性ですが、脳の白質(脳梁の部分)部分の数値が低ければ低いほど、スイッチタスクでのアンチサッケードからプロサッケードへの切り替えが難しくなることが示唆されました
※脳の白質はFractional Anisotropyと数値で表され、これは白質の密度や厚さ、髄鞘(ずいしょう)の程度を示していると考えられています
まとめ
脳振盪による脳の白質への影響は他の文献でも示されていますが、この研究でもそれに沿う様な結果となりました
また、ラグビー選手とそうでない選手の目の機能の違いや、脳の白質の状態と目の機能の関係性も表した文献でした
私個人としては、「ラグビー選手はプロサッケードでは他の選手と相違はなく、アンチサッケードでは違いがあった」とする部分が実践に移しやすい箇所かと思います
プロサッケードよりもアンチサッケードは使用される脳の部分が多くなります
(因みにこの文献に記載がありますが、プロサッケードであれば脳の上丘(じょうきゅう)、動眼神経核、大脳基底核、小脳という部分などが関わってきますし、アンチサッケードであればこれらに加えて背外側前頭前野や前帯状皮質という部分なども加わってきます)
ですので、アンチサッケードはプロサッケードよりも脳にとっては難しい動作です
脳振盪に限らず全てのリハビリもトレーニングでも、身体に適切な負荷をかけ、それに慣れたら少し強めの負荷をかけて身体を適応させていくことが原理原則です
ですので、目の機能で言えばプロサッケードに慣れれば、その次はアンチサッケードを行うといった具合になるかと思います
そしてこの研究ではプロサッケードが大丈夫だったとしてもアンチサッケードでは脳振盪受傷者はそうでない方と比較して違いが残っていることを示唆する内容であり、アンチサッケードもチェックやリハビリに加えることを検討する必要があるかもしれません
本日も最後までお読みいただきましてありがとうございました
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