はじめに
はじめに
こんにちわ、爪川です😀
今回の記事では慢性外傷性脳症(CTE:Chronic Traumatic Encephalopathy)と反復的な頭部への衝撃(RHI:Repetitive Heat Impacts)の関係について先月発表された論文を見ていきたいと思います
慢性外傷性脳症(CTE)とは”進行性の脳細胞の変性”(参照資料1)が起きる脳の障害です
現在、CTEは生前において有効な診断方法や治療方法がなく、唯一死後に脳解剖を行うことで診断が可能です
CTEの症状は認知症やパーキンソン病に見られる脳機能障害(記憶障害、動作のぎこちなさ、情緒の不安定性など)があります
このCTEはスポーツ選手、特にボクサーやアメリカンフットボールなどの頭部に繰り返し衝撃が及ぶスポーツを行っていた選手に多く確認されることから、反復的な頭部への衝撃(RHI)がCTEの原因なのではないかとの論争が起きていました
最近でも33歳の元NFL(アメリカのプロアメリカンフットボールリーグ)のスター選手が自宅で死亡しているのが見つかり、脳解剖の結果CTEであったことが判明したニュースがありました(CTEと死亡の関係は不明)↓
今回見ていく論文は5カ国(アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、ブラジル、イギリス)から総勢14名の医師や研究者が著者として名を連ねており、CTEとRHIの因果関係ついて世界的に1つのマイルストーンになるのではないかと個人的には思っています
先に結論だけ
この論文のCTEとRHIの因果関係についての結論だけ先に述べますと
”我々はRHIとCTEとの間に因果関係を示す説得力のある科学的根拠を見つけ、またRHIとCTEとの因果関係の代わりとなるような科学的な説明が無いこともわかった”
慢性外傷性脳症(CTE)と反復的な頭部への衝撃(RHI)の因果関係
Bradford Hill Criteriaとは?
この論文のタイトルは『Applying the Bradford Hill Criteria for Causation to Repetitive Head Impacts and Chronic Traumatic Encephalopathy』というものですが、
最初の方に登場する『the Bradford Hill Criteria』とはなんでしょうか?
『the Bradford Hill Criteria』とはある事柄と他の事柄との間の因果関係を調べる際に用いられる基準です(参照資料3)
この基準はSir Austin Bradford Hill氏が考案したもので、この方は喫煙と肺がんとの間の因果関係を示したことで有名です(私は今回の論文で初めて知りましたが、、、、)
『the Bradford Hill Criteria』は以下の9つの項目から構成されており、今回の論文ではCTEとRHIの因果関係を9つそれぞれの項目において研究しました
Strength of Association | Consistency | Specificity |
Temporality | Biological Gradient | Plausibility |
Coherence | Experiment | Analogy |
因果関係は証明出来ない!?
最初にこの論文のCTEとRHIの因果関係の結論だけお見せしたように、ここでは”We found convincing evidence of a causal relationship between CTE and RHI”(参照資料2)とあります
ですのでこの論文では『CTEとRHIの間の因果関係について説得力のある科学的根拠を見つけた』とは述べているものの、それと同時に『因果関係ということはどうゆう事か』についても最初に説明しています
論文内では、2つの事柄の間の因果関係というのは常に”a continuum from highly unlikely to highly likely”(参照資料2)であり、因果関係は『全くありそうも無い〜多いにあり得る』の間の状態であると説明しています
また、どんな科学的研究も因果関係を証明したものはなく、『因果関係とは実在するものではなく解釈だと理解する必要がある』と述べられています
慢性外傷性脳症(CTE)と反復的な頭部への衝撃(RHI)の因果関係
この論文内ではCTEとRHIの関係をBradford Hill Criteriaの9つの項目に照らし合わせて、その2つの間の関係を説明しています
CTEは死後の脳解剖でしか診断することが出来ないのですが、現在のところCTEと診断が下りた件数が最も多いのがアメリカです
アメリカの他にもイギリス、フランス、カナダ、オーストラリア、アイルランド、スコットランド、韓国でCTEと診断された件があります
上記の国や研究機関が発表した研究論文の結果に対してthe Bradford Hill Criteriaの9つの項目に則って進んでいきます
ここでは簡単にそれぞれの項目の内容をまとめたいと思います
Strength of Association
『Strength of Association』とは『関連性の強さ』を表すもので、ここではCTEとRHIの関連の強さをみています
関連性の強さを見るために『オッズ比』と『ハザード比』と呼ばれる統計学の指標が用いられています
オッズ比は2つの事柄の関連性を表し、数値が2.0以上であると『関連性が強い』とされます
CTEとRHIに関して6つの論文を引用しており、それのどれもがオッズ比は2.0以上を示しています↓
ハザード比は2つの事柄やグループを比較し、病気や疾患の危険度や発生確率を比べます
グループAとBのハザード比が2:1であれば、グループAの方が病気や疾患の危険度や発生確率がグループBの2倍ということになります
この論文ではハザード比に関しても6つの研究をまとめており、神経変性などに関して元NFL選手と一般人などを比較したハザード比を下の表にまとめています
概ねハザード比は3:1以上を示していることがわかります
Consistency
Consistencyとは『一貫性』という意味ですが、ここではCTEとRHIの因果関係について一貫した研究結果が出ているかというような解釈になります
一貫した研究結果とは例えば以下のような質問に対して一貫した答えが出ている場合を想像するとわかりやすいかと思います↓
- 1つの研究だけでなく多くの研究でも報告されているか?
- 違う研究者による研究でも報告されているか?
- 違う被験者グループからでも報告があるか?
- 違う方法で研究しても似たような結果になるか?
CTEと診断するには死後に脳を解剖する必要がありますが、その脳の解剖実績はアメリカがダントツで多いです
それゆえアメリカからの研究論文が多くを占めていますが、その他の国からでもCTEと診断されたケースの報告は上がってきています
またCTEと診断された方の多くは頭部に繰り返し衝撃が起きるようなスポーツの元プロ選手(アメフト、アイスホッケー、ラグビー、ボクシングなど)、退役軍人、精神障害で自身の頭を壁に何回も打ちつける患者、ドメスティックバイオレンスの被害者、運動障害などで転倒を繰り返す患者なども含まれています
多数の国や研究機関からCTEのケースが報告され、職業や健康状態などに違いがあってもそこには一貫してRHIの要素が含まれていることからCTEとRHIの間に一貫した関係があると考えられます
Specificity
Specificityとは『特異性』と訳されますが、ある病気が特定のグループや特定の場所に発生し、その病気との関連が疑われる要素以外に説得力のある説明がつかない場合、ある病気とその要素に因果関係が強く考えられるとしています
CTEとRHIの場合では、CTEが元プロスポーツ選手や退役軍人の脳に発生し、CTEとの関連が疑われるRHI以外に説得力のある説明があるかどうかが争点になってきますが、現状の研究ではRHI以外にCTEとの関連が疑われる要素はなく、CTEとRHIの間に特異性は存在するとしています
Temporality
Temporalityとは『一時的』という意味ですが、ここでの意味は少し異なってきます
ここでは時間のタイミングのことを指し、病気や疾患に関わると疑われる要素はその病気や疾患よりも先に起きていなければいけないとしています
CTEとRHIに関しては、CTEよりもRHIの方が先に起きていると考えられるので、このTemporalityの基準を満たすと思われます
Biological Gradient
Biological Gradientは『用量反応関係』のことを指しています
用量反応関係(Dose-Response Relationship)は『お酒多く飲めば血中アルコール濃度が上がる』というように、1つの要素の用量ともう1つの要素の反応の関係を表します
CTEとRHIに関しては『RHIの増加に伴いCTEが起きる確率が高まるかどうか』が議論されました
この論文内ではボクサーとアメリカンフットボール選手の研究を引用し、最も成功したボクサーは競技年数が長くハードな試合も経験しており、そういったボクサーの方が脳の損傷は大きく、またアメリカンフットボールでは1年競技年数が増えるにつれてCTEとなるリスクも増えるとの研究結果を報告しています
これらのことからCTEとRHIの間にはBiological Gradientがあると考えられます
Plausibility
Plausibilityは『妥当性』という意味ですが、この項目では現代の科学的知識や知見がRHIとCTEの関係を説明出来るかどうかを見られます
例として、「幽霊に遭遇して押し倒されて怪我をした」ということがあった場合、怪我をした事は現代科学で説明出来ますが幽霊に遭遇したかは現代科学ではわからないのでPlausibilityは満たさないということになります
CTEの1つの特徴は脳内の小さな血管周辺にタウタンパク質という物質が蓄積していることです
そして人や動物での研究では短髪の頭部外傷後に脳内にタウタンパク質の産生と蓄積が見られた報告があります
それゆえに『CTEで見られるタウタンパク質の脳内の蓄積は、頭部外傷を含む頭部への繰り返しの衝撃によってタウタンパク質が産生したことに起因する』ということは、このどちらも現代科学で説明がつくことなので妥当性はあると判断されます
Coherence
Coherenceは『整合性』という意味ですが、これはCTEやRHIに関して現在わかっている事と因果関係に関しての研究データの解釈に整合性が取れているかが争点となります
CTEやRHIで現在わかっている事は今までの項目で述べられていることもありますが、他にはCTEは圧倒的に男性が多く報告されている事、そしてCTEとオピオイド乱用との関連性が疑われている事についてです
CTEの報告は圧倒的に男性が多いという事が現在わかっていますが、これにはいくつか考えられる原因があります
・女性が参加できるコンタクトスポーツが少ないこと
・女性がコンタクトスポーツでプロ選手として競技し続ける環境や条件などが少ないこと
・男女によってスポーツのルールが異なり頭部への衝撃が少ない場合があること
上記のような事を考慮すると、男性の方が圧倒的にCTEの報告が多いというのはCTEとRHIとの因果関係と整合性が取れていると考えられます
また、オピオイド乱用とCTEの関連性も疑われていますが、オピオイド乱用によるタウタンパク質の蓄積がRHIによるそれとは区別が可能です
それゆえ『オピオイド乱用とCTEの関係』と『RHIとCTEの関係』は整合性が取れるとしています
Experiment
Experimentは『実験』という意味ですが、ここではその名の通りRHIとCTEの因果関係が実験で示せるかが議論されています
現状、人を対象とした研究実験ではRHIとCTEの関係を表すのは難しいと考えられています
CTEは死後にしか診断出来ない為、RHIの回数や衝撃の強さを計測できたとしてもそれを人の一生行う必要があります
ある一定期間(例えばプロアスリートの時のみ)のRHIの回数や衝撃だけ計測したとしても、それ以外の期間での要素が大きすぎるためです
ですので人を対象とした実験は現実的ではなく、動物実験では頭部外傷によるタウタンパク質の蓄積は報告されており、このことから人の場合でもRHIとCTEの因果関係を示唆するのではないかと考えられます
Analogy
Analogyは『類推』という意味です
RHIとCTEの因果関係の類推には頭部外傷と認知症の関係がよく用いられます
頭部外傷は認知症のリスクを上げる要素とされており、中年時の(40〜50代での)頭部外傷の予防が認知症の予防につながる為に推奨されています
この頭部外傷と認知症の関係性をもってRHIとCTEの関係を推し量る事が出来るとしています
Bradford Hill Criteriaに照らし合わせて
Bradford Hill Criteriaに照らし合わせて
Bradford Hill Criteriaの9つの項目に関してRHIとCTEの関係を照らし合わすと、この2つの間には因果関係が大いにあり得ると考えられます
また、RHIとCTEの関係について因果関係以外に説得力のある説明が他にありません
多くのコンタクトスポーツのアスリートが世界の様々な国でCTEと診断され、それに共通している要素がRHI以外には見当たらないこともCTEとRHIの因果関係を強く示しています
公衆衛生と因果関係
CTEとRHIの因果関係については懐疑的に考えている研究者たちもいます
その理由はCTEの定義が時間と共に変化していったり、CTEの診断数や脳提供をする患者が偏ったりしていること等です(大多数のCTEの件数はアメリカからの報告。特に退役軍人省、ボストン大学、脳振盪レガシー財団の共同チームからが大多数)
ただし公衆衛生(Public Health)という観点から考えると、因果関係がはっきりしていない段階でも何かしらの対策を実行してきた例はあります
例えばサリドマイド使用後に催奇性が見られた事がオーストラリアで3件報告された後、アメリカのフランシス・ケルシー医師はすぐさまサリドマイドの使用を中止し、後にサイドマイドと催奇性の関係性がわかった事でサリドマイド薬害を防いだ人物とされています
これがサリドマイドと催奇性の因果関係がわかってから対策をしていた場合はより被害が大きかったでしょう
CTEとRHIの因果関係に関しても、たとえそれがまだはっきりしていないとしても公衆衛生の観点からは早急な対策が必要なのではないでしょうか
子供達への影響
CTEとRHIの関係が明らかになってきているとはいえ、すぐにアメリカンフットボールやアイスホッケーなどのコンタクトスポーツがなくなる訳ではないですし、そういったスポーツへの参加にはCTEとRHIなどに関しての『インフォームドコンセント』が行われるだろうと考えられます
ただし、子供達が参加する場合ではルール変更などが必要になってきます
大人が行うコンタクトスポーツの競技ルールをそのまま子供に当てはめることは、小さい頃から頭部への衝撃を受ける可能性とその回数を増やす事につながります
それ以上に子供達は頭部への繰り返しの衝撃が脳にどう影響を与えるかということを理解し同意しうる年齢にはありません
それ故に、CTEという予防可能な疾患に対してRHIを防ぐもしくは減らす事に繋がるより抜本的な対策が必要です
最後に
まとめ
本日もブログをお読みいただきましてありがとうございました
今までの記事の中で一番多い文字数になったかと思います(だいぶ私のHPがなくなりました)
この論文は著者達の熱量やworkloadがかなり詰まっている感じがありました
正直Bradford Hill Criteriaは初めて聞いたので理解や説明が間違っているかもしれませんが、そこはご容赦ください
結局のところ、私の理解ではこの論文では『慢性外傷性脳症と頭部への反復的な衝撃には因果関係がある』としています
今までのCTEとRHIの関係については、『因果関係があるかもしれないが、まだ何ともいえない』程度だったと個人的には理解していましたが、ここではより明確に『因果関係がある』としています
ちょうど今年の10月にはオランダで第6回目のスポーツ関連脳振盪の国際学会が開かれます
第5回目の学会までは『RHIとCTEの因果関係はまだわからない』というような印象でしたが、このタイミングで今回の論文が発表されたということは、10月の国際学会では今までの見解とは違うものが出てくるのではないかと思います
少し前に発表になったように世界のラグビーの統括団体であるワールドラグビーが脳振盪に対してより強い対策を打ち出しました(それに関する記事はこちら↓)
この例のようにスポーツでの頭部外傷や脳振盪を取り巻く環境はかなり変わってきています
おそらく今から5年前と今から5年後では全く異なるものになっているのではないかと思うぐらい、個人的には変化の最中にいる印象です
オープンアクセスありがたい
さて、今回の論文はなかなか骨太でしたが、こういった論文がオープンアクセス(無料で読める)なのは非常にありがたい、、、
剣道で20万回は頭打たれたな、、、、
最後に個人的なことですが、『RHI:反復的な頭部への打撃』で思い浮かんだのが
私自身、小さい頃から剣道をやっていたので少なく見積もっても人生で20万回は竹刀で頭を叩かれているなということです笑😹
もちろん防具は付けているので頭を打たれても痛くはないですし、脳振盪のような症状も出たことはありません
面の上から竹刀で叩く程度の衝撃では大丈夫なのかもしれません🤔
少し前から考えていたのですが、剣道や柔道などの武道の中でも人と対するものは防具があったり受け身の練習から始めるなど、先人の知恵や経験が詰まっているので案外安全に構成されているのかもしれません🙇♂️
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