はじめに
こんにちわ
前回の記事では数年に一度開催される世界的な学会でまとめられる脳振盪の定義の移り変わりをまとめてみました(前回の記事はこちら)
その学会では脳振盪の定義だけでなく、治療方法やリハビリ方法、注意すべき事や新しい発見なども文献になって発表されます
その発表される事柄の中から、今回は”「段階的競技復帰プロトコル」の変遷”についてまとめてみようと思います(段階的競技復帰に関してはこちらのページの”リハビリ”をご覧ください)
まとめ方は前回と同様に、第1回目の学会から第5回目の学会までに発表された「段階的競技復帰プロトコル」を比較していこうと思います
スポーツ中の脳振盪とは?② ”段階的競技復帰プロトコルの変遷”
2001年 第1回学会(ウィーン・オーストリア)での競技復帰プロトコル
2004年 第2回学会(プラハ・チェコ)での競技復帰プロトコル
第1回と第2回の段階的競技復帰プロトコルの違い
・(3)の文章内に第2回では”progressive addition of resistance training at step 3 or 4.”(ステップ3か4での漸増的に負荷を上げるレジスタンストレーニングの追加)が記載されています
2008年 第3回学会(チューリッヒ・スイス)での段階的競技復帰プロトコル
第2回と第3回の段階的競技復帰プロトコルの違い
・第3回では”return to play protocol”(競技復帰プロトコル)の前に”Graduated”(段階的)という文言が加えられました。これは「”段階的に少しずつ”競技に復帰していく」ことを強調するためと考えられます。現に、第3回の競技復帰プロトコルでは合計6つのステージ(ステージ1の”No Activity”からステージ6の”Return to Play”まで)を、基本的には24時間で1ステージ進むというような文言があります。ですが、第2回の競技復帰プロトコルではそのような24時間ごとに1ステージ上げていくことを推奨する文言はありません。
・第3回では”1 No activity”の部分で”complete physical and cognitive rest”(完全な身体と認知の休息)という文言に変更になり、身体だけでなく脳の活動の休息も必要という趣旨になっています。
・さらに1の文章では第2回では記載があった”Once asymptomatic, proceed to level 2″(一旦無症状になれば、レベル2に進む)が第3回ではなくなっています。これは無症状でなくても、次のレベルに行く場合もある可能性を示唆しています
・”2 Light aerobic exercise”(低強度の有酸素運動)では、第3回では”keeping intensity < 70% maximum predicted heart rate”(強度は最大予想心拍数の70%未満に抑える)という文言が追加されています。低強度の有酸素運動といってもどの程度の強度が「低強度」なのかは人によっても異なりますので、最大予想心拍数の70%未満という目安を発表した形かと思います
・また2の文章では”No resistance training”という文言も追加となり、この段階ではレジスタンストレーニングはまだ始めるべきではないと明言しています
・”3 Sport-specific exercise”(スポーツ特異動作)では、”No head-impact activities”の文言が第3回では追加となっており、頭部への衝撃を避けるよう推奨しています
・3の文章では、第2回ではあった”addition of resistance training at steps 3 or 4″が削除されています。第3回の段階的競技復帰プロトコルではレジスタンストレーニングはstep 4の箇所に記載があります
・”4 Non-contact training drills”(非接触の練習ドリル)では、”Progression in more complex training drills,”という文言が追加されています。「ステップ3のスポーツ特異動作」と「ステップ4の非接触の練習ドリル」の内容をより明確にするための文言かと思われます
・さらに”Objectives of each stage”(それぞれの段階での目的)が第3回では記載されています
2012年 第4回学会(チューリッヒ・スイス)での段階的競技復帰プロトコル
第3回と第4回の段階的競技復帰プロトコルの違い
・第3回と第4回の段階的競技復帰プロトコルには大きな違いが2つあります。その1つが”1 No activity”の行にある”Symptom limited physical and cognitive rest”(症状が悪化しない範囲での身体と脳の休息)です。これは第3回での”Complete physical and cognitive rest”よりも、症状が悪化しない程度の日常生活を許容するような趣旨となっています
・2つ目の違いは”2 Light aerobic exercise”の列にある”keeping intensity < 70% maximum permitted heart rate”(運動強度は最大可能心拍数の70%未満とする)という部分です。第3回では”70% maximum predicted heart rate”(運動強度は最大予想心拍数の70%未満とする)という記述ですが、第4回の最大可能心拍数と第3回の最大予想心拍数では意味合いが異なってきます。最大予想心拍数の計算方法はいくつかありますが、一番シンプルなものは220から年齢を引く計算です。例えば20歳の成人であれば、最大予想心拍数は200となります(220-20=200)。運動強度はこの最大予想心拍数の70%未満ですので200×70%=140未満となります
ですが最大可能心拍数となると、脳振盪受傷者の競技復帰プロトコルなので脳振盪の症状が悪化しない範囲の最大可能心拍数という意味になります。ですので、例えば先ほどの20歳の成人が運動中の心拍数が140になると脳振盪の症状が悪化するのであれば、最大可能心拍数が140、運動強度は140×70%=98未満ということになります
2016年 第5回学会(ベルリン・ドイツ)での段階的競技復帰プロトコル
第4回と第5回の段階的競技復帰プロトコルの違い
・第4回では”Graduated return-to-play protocol”だったものが、第5回では”graduated return-to-sport (RTS) strategy”に変わっています。”Play”と”Sport”の言葉のニュアンス的な違いもあると思いますし、第5回の文献では脳振盪のことをスポーツ関連脳震盪(Sports related concussion)と表現しているので、そこを合わせる理由もあったのかもしれません
・第4回では”1 No activity”だったものが、第5回では”Symptom-limited activity”(症状に限定される活動)に変更されており、また内容も”Daily activities that do not provoke symptoms”(症状を悪化させない日常動作)になっています。これは脳振盪を受傷した後に長期間安静にすることも場合によっては回復を遅らせることがあり、症状が悪化しない程度の日常生活は行った方がいいという意味合いになってきます
・”2 Light aerobic exercise”の部分では、第4回では”…<70% maximum permitted heart rate…”という具体的な数値を示していましたが、第5回ではそれは削除されており、その代わりに”slow to medium pace”(ゆっくりから中ぐらいのペースで)という文言が追加されています。第5回の文献では第4回と比較して全体的にシンプルな表現が多くなっている印象ですので、この部分も簡潔な表現にしたのかもしれません
おわりに
前回の記事では「脳振盪の定義の変遷」についてまとめましたが、今回は「段階的競技復帰プロトコルの変遷」についてまとめてみました
こちらも2001年の第1回から2016年の第5回にかけて大きく変わった部分や、文言の足し引きがありました
今年2022年10月には第6回の脳振盪学会が開かれる予定ですので、その文献も見ていきたいと思います
本日もご覧いただきましてありがとうございました
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